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飲食店閉店時の原状回復工事
物件が決まって賃貸借契約を交わす際に解約する時のことを想像する方は多分いらっしゃらないと思います。自然と契約書の内容は営業時間の制限や工事をする際の届け出などはよく理解しているのに対し、契約の解約手続きや借りた物件を大家さんに部屋を返す時の取り決めはまったく記憶にないと言うのがほとんどではないでしょうか。
賃貸借契約を仲介する不動産会社は法律で決められた内容を借主に対し重要事項説明書という書面を交付し説明する義務を負います。その関係で契約を解約する際の説明も行うのですが、縁起でもないと怒られることもあります。これからお店を始めるにあたり意気揚々と契約に望まれる気持ちはよく理解できるのですが、いざ解約という段になってその内容を冷静に理解し、最初に理解していればその物件は借りなかったというケースは数知れずあったのではと思います。その中でも一番もめるのがこの原状回復に関する項目です。しっかりとした知識をもって契約に望んで頂きたいと思います。
事業用と居住用で大きな違い
当たり前ですが飲食店舗はお金を稼ぐ為に借りるわけですから事業用の賃貸借契約です。これに対しマンションやアパートなどは住む為の賃貸借契約ですのでこちらは居住用となります。どちらも契約書には原状回復義務がうたわれているのですが、考え方に大きな違いがありますので混同しないように整理しましょう。
居住用
退去時に借主負担で畳表の交換、襖の張り替え、壁紙を張り替えるだとかいくら書いてあっても、借手が誤って畳を焦がしてしまったり、襖を破いてしまったり、壁に棚やポスターを張った関係で壁紙が痛んでしまった場合以外は通常損耗、経年劣化と言って借主が負担しなくてもよいと考えられています。なぜなら大家さんは貸せば当然に汚れたり時間と共に劣化することを承知で貸していると考えられているからで民法でも原状回復を損耗以前の状態に戻せとまでは言っていません。
そもそも人が住み暮らすという行為は人により大きな差異が生じないないと言うのが前提にあります。つまり借りた人ごとに特別な使用方法はしないと考えられています。
事業用(飲食店舗)
賃貸スペースを使い収益事業をする事業用賃貸借物件はたとえ物販店であれ飲食店であれその事業(商売)に沿った内容の造作や内装を作り込みます。飲食店一つとっても簡素なものもあれば宮殿を思わせるような豪華なものまで様々です。つまり居住用が人により大差ない利用方法であるのに対し事業用は全てが異なる使い方であると考えられています。
民法598条で定める、
「借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することが出来る」
に従い原状回復義務を負うこととなる訳です。
つまり、事業用賃貸借の原状回復工事については居住用に関する原状回復工事の記事やコラムをいくら読んでも間違った知識を入れるばかりで全く役にたたないと言うことです。
事業用原状回復工事のトラブル
注意点1.原状とは必ずしも引き渡された時の状態とは限らない
一番トラブルが多いのがこの「原状」を巡るトラブルです。
例1:引き渡し時スケルトン状態(床、壁、天井すべて仕上材が施行されていない下地が剥き出しの状態)で借受けたため返す時のスケルトン状態にすればいいと考えていたところ、もともと事務所として大家さんは貸していた物件だったらしく原状回復工事の仕上げは「事務所仕上げ」となっていたようです。スケルトン工事でさえ多額のお金がかかるのに床、壁、天井を仕上げて電灯設備までつけるとなると相当な工事代金となります。結局話し合いの上事務所仕上げ費は大家さんと折半したようです。
例2:引渡時に飲食店舗として作られた内装、厨房(防水工事)などが残されていた賃貸物件を借りたのですが、自分が解約する時も原状回復をしなくていいのだと思い込んでいたところいざ解約の時になって大家さんからスケルトン状態への原状回復工事を要求されることとなったのです。借主は、引き渡し時が原状ではないのかと主張をするのですが、大家さん曰く、たまたま残置されていた飲食店用の内装や厨房設備を引き継いだだけで、他人がつくりつけた物も引き継いだ人が原状回復をするのは当たり前と言われて泣く泣く工事をしたと言います。
注意点2.原状回復工事は誰がやるのか
原状回復の工事業者を大家さんや管理会社が指定する場合があります。いわゆる指定業者と言うものです。以下の様な苦情を耳にします。オフィスビルやショッピングセンター(SC)などに入居した際によく聞く話ですが、概ね以下の通りです。
・解約予告期間内に工事が終了するように期間を決める
・土日や深夜にしか工事をさせないと言われ工事期間が長くなった
・養生費や管理会社の管理料などが含まれており高額となる
・指定会社を拒むと敷金を返さないと言われた
・自分の知っている工事業者でやりたいとお願いしたら、実績がないと言われ断られた
この手の話は、個人の事業用物件を借りた場合でも管理会社が建築部門を持ってるケースや、建築会社の管理部門である場合に頻発するようです。
賢い原状回復工事対策とは
その1.特約事項を入れてもらう
契約書の中には必ず原状回復条項が含まれています。この条項に対して例外となるケースを想定して文言を追加してもらうのです。
例「甲(大家さん)が認めた場合はその限りではない」
つまり大家さんがいいと認めてくれれば原状回復工事をしなくていいよと言うものです。もちろんそれにはいくつかの条件が付くでしょう。次に借りる方が同じ様な飲食店を営業される場合などがそれに該当します。
自分で次の借手を見つけて大家さんに相談しにゆく場合などに有効です。もっとも契約段階でこの文言を入れてくれる大家さんなら交渉もしやすいと思って間違いないでしょう。
その2.普段からのコミュニケーション
大家さんとのコミュニケーションは非常に重要です。契約時にお会いしたことがなくても暑中見舞いや年賀状といった季節のご挨拶はもちろんのこと、例えば新しいメニューが出来たので是非ご賞味くださいとご招待のお手紙を折に触れて出し続ければ、いずれご来店くださりよいお付き合いが始まるものです。
この絆が最後お別れする時に強い味方になってくれます。もちろんそれが目的でのお付き合いを進めるのではありません。結果としてどうなるかを申し上げているだけです。
ここ4、5年で急速に伸びてきた居抜き店舗と呼ばれる原状回復工事前の物件、全て同じルールでマーケットに出ている訳ではありません。大家さんから承諾を得ていないものもあれば、大家さんの意向を無視して価格設定されているものなど様々です。
借りる側からすれば、いい場所に、内装のきれいな、家賃の安い物件があれば大抵のことは目をつむると言われるかもしれませんが、10年先、15年先に解約する日は必ずやってきます。ほとんどの方がその時考えればいいと思われるようですが、原状回復工事に関する取り決めこそ入口の契約段階で紙に残しておかないと言った言わないの争いになりまねません。
契約締結をする際には必ず「原状」とは何ですかと聞きましょう。それがスタートです。